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ワンポイントレッスン

トランペットの常識を疑え #1トランペットを演奏するのに才能は必要か

トランペットを演奏している、と他の人に話すとよく「えーよく吹けるね~!トランペットって難しいのに!」と言われたことはありませんか?

僕自身もそのような経験が少なからずありますし、生徒さんや身近なトランペット吹きの話を聞いても世間一般的には「トランペットは難しい楽器」というイメージが強いようです。

 

確かに僕自身、中学一年生で嫌々トランペットを吹き始めてから何年もの間はトランペットは難しい楽器というイメージが強かった記憶があります。

……いや、よく思い返してみればトランペットはそんなに難しくないと思い始めてからの期間の方が短いような気すらします。

実際、今現在トランペットを演奏している方にもこういった方は多いかと思いますが、そんな人は結果的にこんな風に考えてしまうことはありませんか?

 

「トランペットって本当に難しい……やっぱりトランペットは自分には向いていなかったな」

 

トランペットは難しい。ある意味ではその通りです。

しかし実のところ、その難しさはあなた自身が生み出したトランペットを吹くことに対する先入観によるものが少なくありません。

特にトランペットの場合、演奏者の持つ先入観や常識が作り出した「偽物の難しさ」にぶち当たり、何年も悩み続けている人があまりにも多いように感じます。

あなたが知らず知らずのうちに生み出した偽物の難しさは、あなたが気付かなければ永遠にあなたの背後をひたひたとつけ回します。

ですがその正体に気づきさえすればあなたの練習の質が飛躍的に向上し、あなたのトランペットに関する悩みを根本的に解決するための道筋をつけることが可能になります。

 

というわけで今回からいくつかの記事に分けて、多くの人が抱きがちなそういった常識や先入観を挙げていこうと思います。

 

ちなみに今後の予定は

#2 高い音は本当に「高い」のか

#3 トランペットは「吹く」楽器なのか

#4 トランペットは「唇が大事」なのか

#5 これをやれば○○が上手くなる!の魔法

というラインナップの予定です。僕のやる気が続くかどうかが問題ですが、まあ書けるところまで書いてみたいと思います。

 

 

才能なんてクソ喰らえ


 

今回はもっともソフトな項目、「才能」という言葉に関してです。

才能というのは便利な言葉です。

特に何かを諦めたり投げ出したりするときに非常に有用です。

 

そもそもトランペットの上達における「才能」とは具体的に何のことでしょう?ちょっと紙に書き出してみてください。

絶対音感?トランペットに適した唇の形?少ない時間で上手くなること?

それって本当にトランペットで素晴らしい演奏をするのに必要不可欠なことですか?他のことで補えませんか?

 

一般的には「物事を成し遂げる生まれつきの能力」なんて言われたりするようですが、それではあなたは生まれつきの能力に縋ったまま一生生きていくつもりなのですか?

人間が後天的に身に着けることのできる能力は非常に多いものです。

一方多くの方は頑張って努力しても自分じゃ大したことは身に着けられないという先入観を持ちすぎているように思います。本当はそんなことないのですが。

あなたは自分が考えているよりずっと多くの能力を身に着けることが可能であり、トランペットの演奏においても(やり方さえ間違えなければ)そうであるということを常に頭の中に置いておくべきです。

 

 

ついでに「向き不向き」もクソ喰らえ


 

才能という言葉とは少し異なりますが、似たようなものとして「○○は自分には向いていないから……」という言い方もあります。

でも考えてみてください。あなたは一生涯を通じて自分に向いたことしかしていかないつもりですか?

 

例えば職業について考えてみると、あなたは自分に向いた「天職」と思えるようなものに出会うまで転職し続けるつもりなのでしょうか?

それも良いでしょう。でも多くの人は現状に折り合いをつけながらどうにか上手くやっていくものです。

それに天職に就けたとしても人生のステージが変わったことによってやはり職を変えなければならなくなることだってあるでしょう。

 

一方でトランペットの演奏というのは多くの人にとっては趣味、言うなればただのお遊びです。

職業の選択などというものに比べれば全く切羽詰まったものではありませんから、そういったものこそ向き不向きではなく好きか嫌いかをベースとして考えてみればいいのではないでしょうか。

好きならとことん打ち込めばいいし、嫌いになったらやめればいい。それだけです。

下手の横好きという言葉もありますが、情熱をもって何かに打ち込めるということはそれだけで素晴らしいことです。

 

 

才能をはるかに凌駕する要素


 

僕はいわゆる「才能」を持った(ように見えるくらい素晴らしい演奏をする)人が後から病気やケガ、本人や家庭の事情などで音楽の演奏を断念せざるを得なくなってしまった現実をいくつも見てきました。

もし仮にあなたがトランペットに向いていて才能があったとしても、それを活かすだけの環境がなければ意味がありません。

結局才能なんかより運という要素(例えばたまたま素晴らしい指導者に恵まれたなど)が大きかったり、才能がなくたって環境には恵まれていたので人よりまあまあ上手くなれましたというケースは実際に存在します(というかそっちの方が多い気さえします)。

僕も学生時代にいわゆるイップスのような症状に見舞われ大きな挫折を味わいましたが、周囲のサポートに恵まれなければあのままトランペットの演奏を諦めていたでしょう。

 

極端なことを言えば「トランぺットの才能」とやらを持っている人が人生を通じてトランペットという楽器に出会わなければ全く意味がありませんよね。

 

「才能」というパラメータ


もちろん上達するために努力は必要です。

少なくともトランペットの演奏に関しては正しい努力さえすれば、ほとんどの人が自身が望むような結果を得ることが可能です。

 

高級車を買うのに何か特殊な才能はいりませんよね?高額な代金を支払うことさえできれば基本的には誰でも大抵の高級車を購入することができます。

プレミアのついた超限定品のポルシェを目の前にして「僕はこんな車を買う才能がない!」なんて言う人がいたとしたらそれはちょっと変ですよね。

 

トランペットに関しても「正しい努力」という対価さえ支払えばそれに見合ったものが手に入るケースがほとんどです。

基本的にはあなたの「理想のトランペットプレイ」に対してあなた自身がどれだけの対価を支払うかが問題なのです。

本当に残念なくらいシンプルな話です。

 

結局いろんなケースを想定してみたとしても、トランペットを上達するために才能や向き不向きなどどいう曖昧なパラメータが影響する余地は多くの人が思うほどは大きくないという結論に至ってしまうのです。

 

 

 

世間では多くの人が「才能」というキーワードを目にすると「才能があればうまくいくし、なければうまくいかない」などという先入観を持ちがちです。

しかしここまで書いてきたことから分かるように、こんなつまらない言葉に縋ったり、ましてや何かを諦める言い訳にしてはいけません。

才能などという非常にふわっとした言葉に踊らされることなく、今自分の為すべきことをよく見極め、十分に時間をかけて淡々とこなしていくということ。

非常につまらない答えで申し訳ないのですが、何かを成し遂げるためには才能なんかよりこういったことがよっぽど大事なことです。

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